安価で優秀な労働力を抱えた国としてベトナムは世界の外資企業から投資を集めてきました。しかし、ベトナム経済はその変遷から生まれた課題にも直面しています。ベトナム経済が抱える課題と今後の動向についてまとめました。

経済発展の鍵は「ドイモイ政策」

ベトナムの正式名称は「ベトナム社会主義共和国」。人口は9,700万人を超え、急激な経済成長を続けています。ベトナム戦争終結後のベトナムは、1976年に南北が統一され民主主義から社会主義体制へと変わりました。国民の平等な暮らしを目指しましたが、東欧諸国からの援助が徐々に削減されたことで、制度の維持が難しくなっていったのです。

そこで南北統一から10年後の1986年に提唱されたのが「ドイモイ政策」です。“ドイモイ(Doi Moi)”とはこの時に提唱されたスローガンで、「刷新」を意味しています。ドイモイ政策では、社会主義体制を維持しながら市場経済を導入するという大きな方向転換をしました。この転換により、配給制の生活から「お金でものが変える経済」へと変化し、ベトナム経済に活気をもたらしたのです。

ドイモイ政策の成果

ドイモイ政策により、ベトナムは急速な経済成長を達成します。これまで禁止されていた個人営業が奨励され、私企業や私有財産が認められるようになりました。徐々に生活が豊かになることで国民の意識も大きく変わり、勤労意欲が増し、生活水準の向上につながったのです。

農業部門の改革も進め、生産性向上と農村部の発展を促進しました。製造業の拡大が進み、国内産業の多様性が増した結果、輸出産業の国際競争力が向上しました。

また、社会主義政策の緩和を実施したことで大きく変わったのが、1995年のASEAN加盟 です。国際社会への貢献をかかげ社会主義政策を緩和したことで、ASEANの一員となることができました。ベトナムは以降、自由貿易協定の締結や国際経済組織への参加を通じて、経済のグローバルな結びつきを強化しています。

さらに海外からの資本投資も受け入れ、積極的な対外開放政策を採用しました。1988年には外国投資法を公布し、外国資本の企業がベトナムで活動できるようになりました。外国企業との協力や貿易の拡大により、ベトナムの製品やサービスは世界市場で競争力を持つようになったのです。

ベトナム通貨ドンが抱えるリスク

ドンの下落

前述したドイモイ政策から長期的な経済成長によって、ベトナム経済は豊かになりつつあります。この経済成長を支えてきたのが海外からの投資でした。2000年代のベトナムは農業国から工業国への転身を果たし、さらに計画経済から市場経済へのシフトも成し遂げています。

ベトナム経済が発展した結果、起こったのがベトナムの通貨ドンの下落です。1987年初頭に1USドル=22.9 ドンだった為替相場は、2022年現在22,864ドン前後で推移しています。これはドンの価値が30年ほどで 約1/1000に下落したということです。

このドン安はベトナム経済の悪化が原因ではなく、経済政策的な意味合いがあります。輸出で稼ぐことを目標としたベトナム当局が通貨高を許容してしまえば、輸出高も減少が予想されます。国際的な競争力で劣ってしまうことで、経済成長率は低下、雇用や治安にも影響するでしょう。

長期的なドン安が続いた結果として通貨への信用は低くなり、ベトナムの金融政策運営を難しくしてしまうことがあります。たとえば、2008年ごろはベトナムでは賃金が上昇したものの輸出向け企業ではドン安と相殺することができました。ところが近年ではドン下落に歯止めがかかり、賃金上昇はダイレクトに採算悪化につながってしまうのです。

中央銀行による為替介入問題

2020年12月にアメリカ財務省は為替報告書の中で、ベトナムを「為替操作国」として認定しました。為替操作国とは、対米通商において優位な立場をとるために外国為替相場を人為的に操作していると米国が認定した国のことを指します。

これは「大幅な対米貿易黒字、対国内総生産(GDP)比の経常黒字、持続的かつ一方的な為替介入額」という、3つの基準から判定されています。半年に1度発表する外国為替報告書を通じて公表し、為替操作国に認定された国は、アメリカとの間で2国間協議が実施されるほか、認定された国が是正措置を講じなければ関税の引き上げなどの制裁を課せられることがあります。

為替介入の目的は「外国為替相場の急激な変動を抑え、その安定化を図ること」ですが、ベトナムの中央銀行は2021年2月に為替介入の頻度を減らすとの声明を出しています。その後2021年4月以降のアメリカ財務省の報告書では3つの基準を満たしているとしながらも、為替操作国には該当しないと認定を見送られ、状況改善に向けた協議が続けられてきました。

2023年11月に公表された2023年上半期までの為替報告書によると、ベトナムは経常収支黒字(GDP比4.7%)と対米貿易黒字(1,050億ドル)の2項目が該当し、「為替操作監視対象」リストに再指定されました。監視対象となった理由は、当該期間中に経常黒字が対GDP比4.7%に拡大したこととされています。監視対象とされたのは、ベトナムのほか、中国、ドイツ、マレーシア、シンガポール、台湾です。反対に監視対象から外れたのは、スイスと韓国です。

国際社会への参入

国営企業への懸念

ベトナムは市場経済へシフトしたドイモイ政策によって経済開放や自由化を進めた国です。ベトナム経済の発展をけん引した存在として忘れてはならないのが外資企業と民間企業でしょう。しかし、もともと社会主義経済国であったベトナムには国家が所有する多くの国営企業があります。国営企業の中には非効率な経営をおこなっているものも多く、赤字国営企業を支援するための金融政策が課題となるなど、今後も足かせになることが懸念されています。

国営企業の中でも健全な財政であると言われているのは資源関連や運輸、エネルギー、通信関連などの産業です。これらの産業は今後も成長が期待され国をけん引する存在になることが期待されています。その一方で国営企業の存在が経済効率の向上を妨げてしまうことが懸念されています。

国営企業再編の動き

ベトナムは2007年に世界貿易機関(WTO)に加盟しており、その際に国営企業と民間企業の公正な競争条件の確保が義務付けられています。また環太平洋パートナーシップ(TPP)交渉でも、国営企業の撤廃や公平な条件での競争環境がテーマとして話し合われました。

ベトナムは市場経済にシフトした国ではあるものの、今も共産党一党独裁体制は変わっていません。共産党幹部の天下り先として国営企業が使われているなど国営企業の淘汰は困難なのが実情です。国営企業の払い下げもおこなわれているものの進行は停滞しています。外資企業にとってもベトナム国内で事業をおこなう際に規制などが問題視される可能性もあるでしょう。

ベトナムの課題

インフラの整備

インフラの整備

一つ目の課題としてインフラの整備が挙げられます。ベトナムは市場経済化のために、インフラ整備によって外資を呼び込む戦略を選択してきました。しかし、現在もインフラ整備や投資関連法整備の遅れなどが誘致の問題として指摘されています。今までは環境が悪かったベトナムの道路・港湾・空港・電力などのインフラ整備には、政府開発援助(ODA)の支援を活用してきました。

また日本もベトナムを二国間援助でサポートしていた援助国の一つです。ベトナムは財政赤字を背景とするこのような対外借入額の累積が続けば、健全な税制活動ができなくなるのではないかと指摘されています。国際通貨基金(IMF)は、ベトナムに関する年次経済報告書の中で、公的債務対 GDP比率は中長期的には 40~45%程度にとどまるのが望ましいと述べています。

そこでベトナムはシーリングとして公的債務残高を GDPの65%以下にとどめるとの目標を設定しました。しかし、公的債務残高がこの上限を超えそうになったことで、インフラ整備の進行が停滞するというトラブルも過去に発生しています。

ベトナムは大都市間をつなぐ交通機関の脆弱さが指摘され続けています。トラックは渋滞になり、鉄道も老朽化しています。ベトナム政府はインフラ整備を最優先させる指針でありながらも、現実的にいつ環境が整うのか不透明な状態です。

電力不足の長期化

二つ目の課題として、インフラ問題の一部である電力不足が挙げられます。経済成長に伴い、ベトナムでは電力需要が増加しており、電力不足が問題となっています。この問題の原因は、資源価格の上昇により石炭の輸入が減少し、石炭火力発電所の稼働率が低下していることです。また、炭鉱の人手不足も一因とされています。

とくに2023年5月以降は、猛暑と降水量の減少により、水力発電の供給不足も問題になりました。例年降水量が少ない時期のため、火力発電の割合が増えますが、発電所の不具合により供給力が低下してしまったのです。

北部では計画停電が実施され、多くの企業の生産活動に支障が生じてしまいました。6月下旬以降は、火力発電所の復旧と降水量の増加により一時的に電力不足が緩和されましたが、構造的な問題が続いています。

ベトナム政府は安定した電力供給と、2050年までの温室効果ガス(GHG)排出量実質ゼロを目指し、脱酸素・再生可能エネルギーの推進に取り組んでいます。しかし、具体的な投資拡大の計画は不透明であり、政策や法制度の整備もハードルとなり、プロジェクトの停滞が起こっています。

電力供給の拡大が進まず、電力不足問題が長期化することで、ベトナムの経済成長や輸出産業に悪影響を及ぼす可能性もあります。生産拠点の移転や観光客の減少など、経済活動にも大きな打撃を与えるかもしれません。

上昇が続く平均賃金と高齢化予測

三つ目の課題は人件費の上昇です。新型コロナウイルスの影響により2021年の最低賃金は据え置きになったものの、ベトナムでは毎年のように平均賃金が上がり続けており、ここ数年は平均5~6%前後上昇していました。

実際2022年には、地域別に設定されている最低賃金が月平均6%引き上げられ、時間単位の最低賃金も加わりました。今後もGDPの伸び率に合わせ増加する可能性が高いと言われており、海外進出をする企業のリスクとなっています。

また賃金上昇とともに懸念されるのが、労働人口の構成比の変化です。ベトナムは人口構成が若く労働人口が豊富な国というイメージがありますが、2040年には人口ボーナス期が終わりを迎え、その後急速に高齢化が進むと予測されています。中長期的に見ると賃金上昇による負担、労働力不足の問題によって海外企業離れが進むとみられ、労働生産性を高めることが課題となっていくでしょう。

今後の見通し

新型コロナウイルスからの経済回復

ベトナムでは、2020年の時点では新型コロナウイルスの感染動向は比較的落ち着いていました。そのままコロナ以前のように経済が回復するかと思われましたが、2021年5月以降に感染が急拡大してしまったのです。これはオミクロン株やデルタ株などの変異株の登場、ワクチン接種の遅れが原因と言われ、ベトナム経済は再び低迷してしまいました。

ただし経済成長率で見ると、2020年の実質GDP成長率は前年比+2.9%、2021年の実質GDP成長率は前年比+2.6%と推移し、プラス成長を維持しました。2019年の+7.0%という成長率に比べると減速したものの、コロナ禍において世界的に見ても高水準となったのです。

ベトナム国会は2022年のGDP成長率+6~6.5%を目指すことを定め、実際に通年の実質GDP成長率は同じく+8.0%と25年ぶりの高成長となりました。外国人観光客の本格的な受け入れ再開など、GDPの40%を占めるサービス業が成長をけん引したことが大きな要因です。

存在感を増すベトナム

米中貿易摩擦やコロナ禍でのサプライチェーン停滞を受け、サプライチェーンの見直しが進められています。その中で、ベトナムは中国と類似した環境をつくりやすいことから、中国に代わる生産拠点の候補地として注目されているのです。

中国企業の進出も急増しています。中国企業は、国内の人件費高騰や米国による追加関税の影響を軽減するため、海外への生産移管を進めているのです。企業がリスク分散を求めることで、地理的に中国に隣接するベトナムは存在感を高め、今後も中国に代わる拠点として優位に立つためにも電力供給やインフラの整備が急がれています。

景気回復傾向のベトナム経済

2022年後半以降はインフレの加速や経済の先行き不安から、世界的にスマートフォン市場の需要が減少しました。さらに、中国のゼロコロナ政策終了後の景気回復の遅れから輸出が低迷し、ベトナム経済はGDPの25%を占める製造業を中心に成長率が少し鈍化してしまいました。

また、停滞が見られたのがベトナムの不動産市場です。不動産デベロッパーによる違法な社債取引をきっかけに政府が規制強化をおこない、不動産や建設業界は多くのプロジェクトが中断に追い込まれました。ベトナムの社債市場は取引規模が大きく縮小したものの、政府による支援策によって持ち直し、今後は土地や不動産に関する法整備が進むことが期待されています。

ベトナム政府も2023年は実質GDP成長率が目標を下回る見込みと認識しているものの、他のアジア諸国に比べると高い水準です。付加価値税(VAT)税率の引き下げ延長など、2024年に向けて景気対策を講じ、景気回復を目指しています。

まとめ

ベトナムは急成長を成し遂げたものの、現在は為替や財政状態などが課題として残っています。将来的には賃金の上昇も予想されているため、ベトナムに進出しようとする日本企業もベトナムを一面で捉えるのではなく、さまざまな視点から情報収集することが求められます。

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hawaiiwater

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