経済格差の大きさによって消費市場の様相も変わります。これから海外進出を目指す企業にとってその国の中間層の厚みは非常に大きなポイントとなるでしょう。コロナ禍で加速したアメリカの経済格差とその原因をまとめました。

アメリカの経済格差と貧困率

アメリカといえば「市場原理主義の国」というイメージは多くの人が持っているでしょう。市場原理主義とは、小さな政府を推進して、個人や企業の経済活動の自由を認める立場をいいます。市場原理主義では、政府は市場や個人の行動への介入を基本的に避けます。その結果、社会保障制度は最小限、公的医療保険も整備されていないという事態に陥るのです。

アメリカの貧困率

貧困率は経済格差を示す指標の一つです。米国勢調査局によると、2021年のアメリカの相対的貧困率は11.6%であり、2020年に比べ約40万人増加し、約3,790万人となりました。さらにコロナ危機で導入された経済対策の終了によって、家賃補助や食料支援など低所得者層への公的支援策の効果を考慮した「補足貧困率」は、2021年の7.8%から大幅に上昇し、2022年には12.4%へと達しました。

所得格差を示す指標である「ジニ係数」も、2021年には年0.494と昨年より1.2%の上昇傾向にあります。ジニ係数の値は0から1の間であり、係数が0に近づくほど所得格差が小さく、1に近いほど所得格差が拡大していることを示す指標です。一般的に0.5を超えると所得格差がかなり高い状態で、是正が必要とされています。アメリカのジニ係数が0.494であることから、所得格差の大きさがわかるでしょう。

また2020年の貧困率のランキングでは、世界トップは南アフリカ、次いでブラジル、コスタリカ、ルーマニアと続きます。ただし先進国に限定すると、アメリカが9位、日本が12位、韓国が14位と、もともとアメリカは先進国の中であっても貧困率の高い国だといえるのです。

「相対的貧困率」と「絶対的貧困率」の違い

貧困率とは、どのくらいの割合の人々が貧困状態にあるのかを表す数字ですが、相対的貧困率とは、その国の一定基準(貧困線)を下回る等価可処分所得しか得ていない者の割合をいいます。相対的貧困は、その国や地域の生活水準や文化水準と比較し、大多数よりも生活が困窮している状態を表すため、先進国内の格差の大きさとしても見ることができます。

それに比べ絶対的貧困率とは、その国や地域の生活レベルとは関係なく、人間として必要最低限の生存条件が満たされていない状態の割合を示します。わたしたちが「貧困」と聞いてイメージするのは、こちらの貧困が一般的かもしれません。絶対的貧困は発展途上国に集中をしているため、国単体の問題ではなく、国際社会として取り組むべき課題といえるでしょう。

参考サイト:グローバルノート「世界の貧困率国別ランキング・推移」

アメリカで社会保障が整備されていない理由

国民全体を対象とする公的医療保障制度のない国

アメリカは先進国の中で唯一公的な国民皆保険制度がなかった国です。医療費も高く、高齢者向け、低所得者向けの公的医療保険があるものの、医療保険市場のメインは民間の医療保険となっています。

アメリカの医療費はインフレ率以上の上昇を続け、それに追従して保険料も値上がりしました。貧困層にとって保険料の負担は大きく、2021年時点では人口の約8.6%に相当する約2,800万人が無保険者の状態にあります。

福祉予算を削る背景には、福祉に頼るよりも自分で働いて道を開くべきというような考え方もあります。しかし、アメリカの雇用率は長期的に低い状態で、これから単純労働はますますオートメーション化されていくでしょう。

オバマ元大統領による医療保障制度改革

アメリカの高い貧困率を背景に、通称「オバマケア」として知られる医療保険制度改革法が制定されました。これはオバマ大統領が公約として掲げていた無保険者の医療保険への加入を促し、医療の質をキープするための制度です。

医療保険への加入を義務付けることは個人の意思を尊重していないといった批判はあったものの、2010年に制定されてから段階的に導入が進みました。このことによって医療保険に加入できなかった個人や中小企業が、手軽な民間の医療保険に加入できるようになったのです。

歴史的な医療保険制度改革法が制定されることで、医療保険加入者は順調に増加し、無保険者率が確実に低下しています。また、医療費の伸びも以前よりも抑えた水準で推移しています。医療費の伸びを抑制することで、本来医療費に使われるはずだった資金が過剰となり、生活水準の向上にもつながるでしょう。さらに、雇用主が払う保険料の伸びも抑えられるため、雇用の促進や投資など経済面でもプラスの効果が期待されます。

コロナ禍でさらに拡大した経済格差

深刻化する経済格差

アメリカの経済格差は、コロナ禍でさらに深刻化しました。米疾病対策センター(CDC)によると、2023年1月時点でのアメリカ国内の感染者数は累計1億人を超え、死者数は約110万人を超えています。この死者数は、約100年前のスペイン風邪の67万人を上回ったという報道もあったほどの数字です。

コロナ禍では、飲食やスーパーマーケットなどの小売・流通業、食品や生活品工場、農作業の労働者などが大きな打撃を受けました。リモートワークができない業種では、労働者の多くが職を失い、もしくは感染の可能性がありながら出社をするという厳しい状況が続きました。ワクチン接種が進み失業率は徐々に減少しましたが、人件費の増加が負担となり、一部の企業では人員削減を余儀なくされ、再就職の見通しのない人々も存在します。

所得格差の問題

アメリカの所得格差は1980年頃から拡大し、約40年に渡って富裕層と低・中間所得者層との差が広がり続けています。パンデミックで困窮する低所得者層を横目に、株などを保有する富裕層・超富裕層は米国株が上昇傾向にあったことで資産価値が増え、国内での所得格差がさらに広がっているのです。

格差が大きい理由の一つとして、富裕層優遇の所得税制が挙げられます。バイデン政権は、富裕層への大幅な増税を財源とし、育児や教育を支援することで格差是正を目指す、経済政策「米国家族計画」を公表しました。しかし富裕層や大企業への増税は反発も強く、調整の難航が続いています。

格差解消への取り組み

オバマケアとアメリカの医療制度改革

医療保険の加入要件の緩和

新型コロナウイルス感染拡大により、アメリカでは貧困層が高額な医療費を払えず自己破産に至るケースや、無保険者が医療サービスを受けられないという問題が大きな社会問題へと発展しました。

そのような事態を受けて、バイデン大統領は2021年1月末、医療保険の加入要件を緩和する大統領令に署名をしています。医療保険制度を厳しく運用してきたトランプ政権から方針転換し、トランプ政権前の医療制度を取り戻すと述べたのです。

実際、アメリカ政府の発表によると、2022年11月~2023年1月15日までの加入期間において、衣装保険の加入者は1,600万人を超えました。これはオバマ政権時に導入されてから、過去最高の数字であり、今後も医療保険の拡充とより積極的な支援への期待が高まります。

人種間の格差

アメリカでは、白人、黒人、ヒスパニック系、アジア系など多様な人種が存在し、人種間の所得格差や失業率水準の差も大きな課題とされています。連邦準備銀行のデータによると、黒人と白人の間の所得水準は異なっており、経済格差は明らかです。アメリカ経済の長期的な繁栄の裏には、大きな格差が存在し続けているのです。

新型コロナウイルスは黒人労働者に大きな打撃を与えました。もともと黒人の貧困率は白人の貧困率に比べ2倍以上高く、パンデミック後の失業率も白人に比べ高くなりました。このためバイデン政権は、新型コロナウイルスによる景気の落ち込みからの回復とともに、連邦最低賃金の引き上げを政策公約に掲げるなど、人種間での格差是正にも取り組んでいます。

最低賃金の引き上げ

アメリカの連邦最低賃金は、1938年に公正労働基準法(FLSA)が施行されて以来、時給7.25ドルと据え置かれており、一見日本と同じような水準に思えるでしょう。しかし最低賃金は連邦政府だけでなく、各州やその州内の主な市、郡などが独自に設定しているため、実際の最低賃金とは異なる場合があります。

2023年の1月には、アメリカの23 州で最低賃金が引き上げられました。これはアメリカ全州50州の約半数にあたります。引き上げ幅の平均は前年比85セント、引き上げ率の平均は7.4%です。最も引き上げ率が高かったのは中西部のネブラスカ州で16.7%、最も低いミシガン州でも2.3%引き上げられました。

最低賃金引き上げは、急激な物価上昇に対応するため、各州が独自に決めたものです。アメリカでは女性や有色人種の労働者が低賃金で働く傾向にあり、最低賃金の引き上げによって約840 万人が恩恵を受けるとされています。

単純な最低賃金の引き上げは、インフレ長引かせる可能性があるとも指摘されていますが、今後もインフレが続く場合には、最低賃金の引き上げの流れも全国的に続くと見られています。

まとめ

アメリカでは一部の富裕層に富が集中し、さらには新型コロナウイルスの拡大により大きな経済格差が生じました。所得格差が大きくなれば、政治や教育などでも差が大きくなりアメリカが掲げる民主主義をも脅かすことになりかねません。

バイデン政権は医療保険制度改革や最低賃金の引き上げに取り組んでいますが、富裕層や大企業への増税などの政策は反発もあり調整が難航しているため、格差是正への新構想の行方に今後も注目しておきましょう。

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