国内スタートアップの海外進出を支援するX-HUB TOKYOは6月27日に海外展開の事例を紹介するセミナーを開催。小国エストニアの先進的なスタートアップの事例を織り交ぜながら、日本企業が持つべき視点についてハーバード・ビジネス・レビュー編集部の小島健志氏にご講演いただいた。


スタートアップ大国エストニアとはどのような国なのか

最近、10歳の子供がエストニアと日本のお友達の架け橋になりたいと、クラウドファンディングを使って50万円を集めました。10歳の子供がエストニアに行き、大臣に会い、友達を作りブログで発信しています。更に次はシンガポールに行くと言っています。10歳の女の子がテクノロジーを使ってこういったことをやってのけているので、皆さんにもできるはずです。

スタートアップ大国エストニアの首都タリンは、世界遺産の綺麗な街並みの都市です。面積は九州くらいで人口130万人くらいの小さな国です。この国からユニコーン企業が続々と生まれています。


企業が大きくなるエコシステム

エストニア国立博物館が最近できました。そこに行くと破れた椅子があります。それはSkypeを作ったエンジニアが座っていた椅子なのだそうです。エストニアにはSkypeを産んだエンジニア集団がいたのです。

Skypeは2年でイーベイに買収され、ストックオプションで大金持ちになりました。その後お金を貯めこまず色々な企業に投資をしていきました。そうして、どんどんとSkype関係者による企業が大きくなっています。これらをSkypeマフィアという言い方をしています。Skypeが成功したから自分も同じようになれるという気持ちが起業家にはあります。起業で成功すると自分もやりたくなる人たちがどんどんと生まれてきました。

 

Skypeマフィアの世代から少し下がって見てみると、エストニアマフィアという人たちが出てきました。この人たちが海外からたくさんのお金を集めています。起業し成功してお金が入る、それを次のスタートアップに投資する、さらに大きくなり、大きくなったらまたお金が集まる。このような流れをエコシステムと言うのですが、そういうものがエストニアの起業家には備わっているのではないかと思います。


世界が注目するエストニアの電子政府

 

エストニアが世界から注目される3つのポイントを上げてみたいと思います。1つ目は電子政府ができたことです。非常にシンプルに言うとハンコもサインも処方箋の紙も領収書もありません。そのために役所の行列もありませんし保険証もありません。

 

日本で子供が生まれたら14日以内に出生届を出しに行かなくてはいけません。しかし、エストニアの場合は、子供が生まれた10分後くらいにお祝いのメールが届きその時点ですでに手続きが終わっています。病院が国民番号を管理していて生まれると一気通貫で手続きが終わっているのです。すべてオンラインでやるという世界を実現させるために、デジタルIDと呼ばれるものがあります。この中には認証用と署名用の2つの電子署名が入っており、これをパソコンにつなぐと自動的に本人認証されて入れます。電子署名というのは暗号化されたサインだと思ってください。

 

実際、3月には国政投票があり、投票者の約44%が電子投票しています。電子投票なのでいつでもどこからでも投票できます。日本みたいに期日前投票や、当日に行くなどはありません。こういったことをやるとプライバシーの問題がでてきますが、そのプライバシー制度が良くできています。誰がいつアクセスしたかというのを秒単位で記録るのですが、これに対して非常に厳しい罰則があり、もし正当な理由なく閲覧した場合は、刑務所行きになるなど厳しいルールがあります。プライバシー権はしっかりコントロールされているのです。

 

イーレジデンシーでエストニア起業ができる

2つ目は、仮想住民制度というものが注目を集めており、それをイーレジデンシーと言います。これは外国人向けに作っているIDです。これで法人の設立や銀行口座の開設、電子署名などができます。イーレジデンシーカードは、日本から申請して日本で受け取ることも可能です。

 

2014年に始まって167か国5万2千人以上の人が持っています。日本でも1500人以上が取得しています。これにより、エストニアに法人を立てることができ5億人のEUの市場にアクセスできるようになります。


デジタル社会の試験的な場

3つ目は、デジタル社会の実験場になっていることです。エストニアは、国が持っているデータベースにアクセスでき、民間が持っているデータベースにつなぐこともできます。民間と公的機関のシステムがつなっているというのが、非常に珍しいと言われています。また、1度きりの原則と言って政府が同じデータを集めるのを目的に、データベースを構築してはならないという制約があります。さらにノーレガシーという仕組みもあり、13年以上古いものを使ってはいけないことや、ユーザフレンドリーという見た目とサービスを使いやすくしなくてはいけないという制約があります。


なぜ小国がスタートアップ大国になれたのか

電子化政府を実現できたのはなぜかと言いますと、独立回復後に資源もお金もなかったことが大きい。新しい国になった以上、広い国土に行政サービスを流通させる必要があります。そのために、どうするか考えたときにITによる解決しかないということになりました。旧ソ連時代の暗号化技術者たちがいたり、もともと識字率が非常に高かったこともあり、教育の面でも大きく変化させていきました。

96年にタイガーリープという政策があり、全校にインターネット、コンピューターを普及させました。そうすることで、90年代後半に学生だった人たちがITに目覚めたのです。また注目すべきは学校の外にも先生がいるということです。ロボテックスという世界最大規模のロボットの祭典があるのですが、そのような場や学校で学んだことが使えます。そこで頭角を現した人をヘッドハンティングしていきます。エストニア人というのは、共産圏に対する拒否感がスタートアップの原動力になっていると感じました。ロシアよりも西洋、共産主義より資本主義、集団よりも個人、束縛よりも自由、中央集権よりも分散型社会、こういうことを信じているように思いました。


1つのテクノロジーで世界は大きく変わる

1900年代のNYの写真を見ると馬車ばかりですが、1913年になると、ほとんどが車で馬車が1台しかありません。13年であっという間に車の世界になっている。1つのテクノロジーが入るとこれだけ大きく変わるということです。13年前の時価総額を見てみると、エクソンモービルが当時1位で、GE、マイクロソフト、シティ、BP、バンクオブアメリカ、シェル、トヨタと並びます。2006年当時、資源高や石油高で金融系の一番花盛りだったときです。2019年は、マイクロソフト、アップル、アマゾン、グーグル、パークシャ、Facebook、アリババ、テンセント、とほぼテック企業です。ご存じの通り金融規制があり外資系金融は儲かりません。資源高も下がっていて、状況はこのように大きく変わるということです。AIに関しては2030年までには約7割の企業で導入されて経済活動を支えると言われています。これからは前例のない社会に突入します。

エストニアの大統領にどのように考えているのかと聞くと、「この時代に20年時代遅れになったことを考えてみてください、大事なのは自分自身を再教育し、時代に適用していくことです、我々は常にアップデートしつづけます。」と仰っていました。

また、リーンスタートアップの先駆者にインタビューした際、「AirbnbとかUBERとか人の家を借りて人の家の枕で寝るなんて、信じられない人もいるでしょう。でも若い人たちはそれが当たり前になってくるんです。ですからそれをちゃんと観察しなさい。」と、言っていました。やりたいことがあったら手を上げ、クラウドファンディングなどでお金を集めることが普通の時代になってきています。

最後に大切な言葉で締めます。つまらなくない未来と言っていますが、予測できる未来や楽しみがない未来はつまらない。いま最も重要なことはアンラーンすることです。自分の中の成功体験は捨ててまっさらな状態で新しいことを学び直すことです。するとそこから次の1歩が踏み出せます。みなさんはつまらなくない未来をどう描きますか?

ご清聴ありがとうございました。