国内スタートアップの海外進出を支援するX-HUB TOKYOは7月25日に「ビジネスに適した国」「欧州でビジネスのしやすい国」ランキングでも1位に選ばれたデンマークの事例紹介セミナーを開催。いままで多くの企業との投資&イノベーション創出プロジェクトを担当し、EU進出のサポート経験を持つデンマーク大使館の中島健祐さんに、デンマークにおけるビジネス展開の魅力とその先の展開についてご講演いただいた。


ビジネスを牽引する国デンマーク

デンマークでは、デジタル化が進んでおりバーチャルとリアル、モノとサービスが、デジタルを軸に統合されてきています。このような動きが起きている理由として、EUが毎年出している、デジタル化ランキングでデンマークは3年連続デジタル化No.1になっていることがあります。スマートシティでも世界トップクラスです。

 

日本のマイナンバーに相当するものを、デンマークではCPRナンバーと言い1968年に導入しています。社会保障先進国ですから、他国では民間会社が担当するサービスも政府や地方自治体の公的機関が提供しています。そこにデジタル化が進展したということは、デンマークでは公的機関に都市のビッグデータが集約されていることになります。そこで、公的機関が今まで蓄積しているビックデータを利活用しより良いソリューションを開発しようと決定すれば、オープンデータとして利用出来るわけです。既にデンマークでは、OPEN DATA DKというサイトを開設し、各都市に間するビッグデータを開示しています。

 

CPRナンバーは、生まれてから今まで生きてきた人生データが理論的にこの番号に紐づいて保存されています。日本の戸籍謄本や住民票に相当する基礎情報からはじまり、大学院までの学歴、職歴、納税の履歴などのデータがこの番号でアクセスすることが出来ます。医療関係も、過去の入通院、投薬、検査や手術の履歴に加えて遺伝子の情報までが入っています。デンマークのデジタル化も簡単に導入されたわけではなく、様々な試行錯誤の後に確立されてきました。2000年初頭から電子署名や政府からの通知の電子化など多くの事例を通じて、2011年、12年頃から一気にインフラとして普及していきました。CPRナンバーが出来たきっかけはWindows95です。インターフェースを見た時に政治家や行政の方たちが、うまく組み合わせられれば非常に低コストで、レベルの高い行政サービスを提供できると考えました。その後2000年初頭からさまざまなテストをして、2011年、12年から一気にインフラとして普及していきました。


人工知能で世界のフロントランナーとなり、人工知能国家をつくる

日本でデジタル化(デジタライゼーション)は、コスト削減や効率性に重きが置かれていますが、デンマークの場合は効率化に加えて、国家として成長していくためにどのようにデジタルを活用していくかが重要な議論のポイントになっています。もうひとつ重要なことは、日本でDX(デジタルトランスフォーメーション)やデジタル化というと、一般的には企業のDXと行政機関における効率化というのが主題になっています。しかしデンマークの場合は、行政、企業に加えて、市民、そして社会システム全体、国まるごとDXを実現しようとしているということがキーワードです。

 

それからデンマークは3月に策定された人工知能戦略で、人工知能で世界のフロントランナーになると宣言しています。最終的な狙いは、説明可能なAIをガバメントセクターのインフラに入れていきたいという強い意思を持っており、国家と社会の発展に貢献する、人工知能をつくり、健全な形で人工知能を国家の社会インフラに導入していきたいというのがデンマークの狙いです。

 

日本の場合は技術ファーストなので、何のためにスマートシティをつくり、どの方向に行くのかという議論が希薄です。デンマークでは都市のソリューションをつくるのではなく、国家が成長し環境に配慮し、なおかつ小国の成功体験を世界中に共有するということが根底にあります。

他の国とデンマークの違いは、社会保障に関係していることです。単にデジタル化というだけではなく、公共の福祉や所得の再配分をして、すべての人が豊かになるという理念を持っています。さらに理念だけではなく、環境に配慮した環境知性や人間中心主義など、そこに住んでいる人が世界一幸福に満ちたライフスタイルを実現する、そのためにデジタルを含めて技術を利用するという極めて高いレベルでの理念が自然な形で共有されています。そして、理念倒れに終わることなく、エネルギーのインフラやスマートシティなど現実のインフラで社会実験と社会実装を行うことで、理念と現実のソリューションがきちんと同期する形で展開していることが大きな強みです。


人間中心主義、ホリスティック、デジタル統合、デザイン、創造的リーダシップとは

 

人間中心主義のコンセプト、包括的・全体的なアプローチ、デジタル統合、デザイン、創造的リーダーシップというのを説明したいと思います。

 

人間中心主義のコンセプトですが、よく人間だけが豊かになってはだめで、世の中には動植物もあり、もっとホリスティックに見なければならない批判する人がいます。デンマークでいう人間中心というのは、きちんとSDGs(持続可能な開発目標)とリンクした形で地球環境に配慮し、なおかつ社会福祉の理念も考慮したのが人間中心主義です。非常に視野の広いヒューマンセントリックな考え方を持っています。

 

次はホリスティックなアプローチです。デンマークで展開されている先進的な廃棄物発電施設を例に説明します。廃棄物を使ってコペンハーゲンの5万世帯に電力を供給し、12万世帯に地域熱供給をするシステムになっています。ここにホリスティックな仕掛けがあり、屋根が斜めで人工スキー場になっていて、廃棄物発電施設とリゾート施設が組み合わさっているのです。

廃棄物発電や刑務所は必要ですが、自分の家の近くには建てないでほしいといった考え方が一般的ですが、デンマークの場合は迷惑施設に積極的に価値を加えて、むしろ市民から歓迎されるものに転換してしまう、つまりマイナスからプラスの価値に変換するアプローチをとっています。迷惑な施設にリゾート要素を入れスマートシティの新しいフレームワークをつくる。そして、スマートシティ投資を誘発して、コペンハーゲンに新たな魅力をもたらす。このようにダイナミックな付加価値をつけることがまさしくホリスティックなアプローチです。

 

次に統合デジタルです。デジタル化で色々繋がってきています。これから起きることというのは、遠隔医療や洋上風力だけではなく、テクノロジーとデジタルをかけ合わせるということです。場合によっては、2つや3つの技術要素が組み合わさって、全く新しいビジネス体系をつくるということを行っています。例えば、オーデンセ市ではfacebookが新しい取り組みを行っています。それはデータセンターと地域熱供給システムを掛け合わせるというモデルです。データセンターに設置された大量のHPCから出される排熱を地域熱供給に提供し、ヒートポンプで加熱すると約6000世帯の冬の暖房費を格安で賄えるという仕組みです。

 

次にデザインですが、今やろうとしているのはプロダクトではなくて、デザインで社会システムを変革するということです。テクノロジーで世の中を変革しようという動きですが、問題はテクノロジーがどのように社会で使われているのかを理解しなければこれから戦えません。なぜかというと、量子コンピュータやロボットの本質を最終エンドユーザーはそもそも知らないからです。ユーザーが理解出来ていないモノをユーザーに聞いても答えは出ません。ですのでこれから起きるデジタル・ディスラプションの時代は、専門家がデザインを使ってユーザーの半歩先を行き社会喚起していこうというアプローチが重要になります。つまりデザインによりイノベーションを誘発するという進め方です。

 

最後に創造的リーダーシップです。何のために世の中で仕事をして、どのような価値を生み出そうとしているか、デンマークの観点で重要なのは価値創造となります。単に自己実現というだけではだめで、いかに世の中に価値をつくって貢献できるかということがデンマークの社会では当たり前です。 残念ながら日本の教育システムを見た時に、相変わらず知識主導で知識詰め込み型ですが、これから重要なのはその知識をいかに世の中のために変えていくかという見識と、実際フィールドに展開して社会に実装するためのリーダーシップと胆力です。

 

デンマークを含めたヨーロッパの先端地域では、人間中心主義、包括的ホリスティック、デジタル統合とデザインの利活用、創造的リーダーシップがみられます。デンマーク発のベンチャーでも世界で成功している企業の経営者は、こうした考え方や哲学を有している場合が多くみられます。日本ではこのあたりの議論はされていませんが、今後はかならず直面していきます。その時はこれをヒントに今後の事業展開に活かしていただければと思います。 ご清聴ありがとうございました。