都内スタートアップの海外進出を支援するX-HUB TOKYOは1月22日、第5回海外展開セミナー「グローバルオープンイノベーションを実現させるために日本企業がすべきこと」を開催しました。日本企業でグローバルイノベーションに取り組まれているゲストスピーカーをお呼びし、グローバルなオープンイノベーションを推進するために必要な組織体制や人材開発、そしてマインドセットや海外スタートアップとの向き合い方などについて、実際の取組事例を踏まえてご紹介しました。

今回のイベントでは、Honda Innovations, Inc. (以下、ホンダという。)のCEO兼、本田技研工業株式会社経営企画統括部コーポレートベンチャリング統括を務める杉本直樹氏のほか、三井不動産株式会社でビジネスイノベーション推進部の部長を務める須永尚氏、そして東京海上日動火災保険株式会社デジタルイノベーション部長兼、東京海上ホールディングス株式会社のデジタル戦略部で部長を務める楠谷勝氏に、グローバルオープンイノベーションの事例をご講演いただきました。

海外スタートアップとの協業を目指す大企業だけでなく、海外展開を目指すスタートアップやVCの方々にも有益な最新情報を共有しました。


スタートアップとともに共創する、ホンダのオープンイノベーションの事例

Honda Innovations, Inc. CEO 本田技研工業株式会社 経営企画統括部 コーポレートベンチャリング統括
杉本直樹氏

まず初めに、Honda Innovations, Inc. のCEO、そして本田技研工業株式会社経営企画統括部コーポレートベンチャリング統括を務める杉本直樹氏に、同社の海外進出について伺います。
弊社は1948年に設立され、創業当初から様々な製品を開発してきました。現在はモビリティやロボティクス分野を中心に、年間で3000万台を超える製品を展開しています。 弊社のオープンイノベーション活動のスタートは、米国シリコンバレーに研究開発の拠点としてオフィスを構えた2000年に遡ります。当時はコンピューターサイエンスを中心に、試行錯誤を繰り返しながら研究や開発を進めていました。そして「シリコンバレーには面白いスタートアップが多く集積している」という気付きを得て、スタートアップの動向により注目するようになりました。 2005年ごろにはオープンイノベーションに本格的に取り組むため、CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)を設立し、協業先としてシナジーを感じられるスタートアップに積極的に出資を行い、数百件ものコラボレーションを実現させました。様々な協業を通じて、スタートアップが資金や人をどのように集めているのか、知見やノウハウも蓄積していきました。 その後2011年にはCVCから組織を発展的に改編しました。これが現在のオープンイノベーションラボの設立やアクセラレータープログラムにつながっています。
アクセラレータープログラムの内容について、詳しくお聞かせください。
ホンダが展開するアクセラレータープログラム「Honda Xcelerator」は、テクノロジーやビジネスの変革を目指し、ものづくりの現場を変えるイノベーターやスタートアップのためのプログラムです。どの段階のスタートアップでも参加が可能で、常時10社以上のベンチャー企業と協業を進めています。 私たちが提供しているのは、プロトタイピング用の開発資金だけでなく、メンターによるサポートやテストプロダクトの開発に向けた支援、そしてコラボレーションスペースです。スピーディーに概念実証(PoC)を実施するため、多様なサポートと資金を提供しています。 弊社が理念として掲げているのは「イコールパートナーとしてWin Winな関係のオープンイノベーションの推進」です。そのため、開発した成果物はお互いに制限なく利用できるような体制を整えています。「開発した技術を競合他社に提供してはいけない」というような、制限をかけるようなルールは設けていません。 例えば、米国発で運転者向けのITサービスを手がけるスタートアップ、Drivemode社との共同プロジェクトでは、運転手が安全にナビゲーションを使用し、電話を操作できるスマートフォン用のアプリケーションを開発しました。これは現在インドのオートバイに搭載されており、実際に販売もスタートしています。Drivemode社とホンダの協業の成果が、こうして実際に製品化につながっており、2019年にはDrivemode社を買収しホンダのグループに入っていただきました。 これまでの経験を振り返ってみると、スタートアップと協業する際には、いかに相手と同じ目線に立てるかが重要です。スタートアップは人も資金も潤沢ではありません。同じ土俵に立って、いかにお互いがwin-winの関係を築けるかを意識することが重要であると考えています。

オープンイノベーションで不動産×モビリティの可能性を探る

三井不動産株式会社 ビジネスイノベーション推進部 部長
須永尚氏

次に三井不動産のオープンイノベーションの事例について、ビジネスイノベーション推進部で部長を務める須永尚氏に伺います。
弊社は2020年度にビジネスイノベーション推進部を設立し、時代にあわせた事業の創出を通じて、新たな変化をもたらすことを目指した取り組みを行っています。現在は不動産とテクノロジーを組み合わせることによって、アセットの提供という枠組みを超えた顧客体験を実現することを目指し、新規ビジネスの開発に注力しています。また、全社から幅広く事業アイデアを募集する事業提案制度を設け、事業の創出を促しています。 しかし現時点では、経営会議を通過して事業計画が承認された案件は1件に留まります。そのため、新規事業を創出するプロセスのスピードアップを意識しつつ、ビジネスの起点となる人やアイデアそのものが十分にパワーを出し切れるような環境作りを積極的に行っています。今後はイノベーション人材の育成がより不可欠になると考えています。 これまでの海外スタートアップとのオープンイノベーションの事例を挙げますと、フィンランド発のスタートアップで次世代交通サービス(MaaS)を手がけるMaas Global社と資本業務提携を実施 しました。 不動産とモビリティの掛け合わせには、多くの可能性を感じています。特に今回の新型コロナウイルス感染症の拡大を契機に、仕事の場や生活の場の使い方が変わって人々の行動がより多様化し、街や不動産のあり方も進化させていくことが必要になっています。そのような中で、モビリティの活用によって、色々な目的地へのヒトの移動をサポートしたり、目的地となっているモノ・コトが移動することは、不動産と大きなシナジーが生み出せる領域と考えています。今後もスタートアップとの協業を通じて、不動産×モビリティによる新たな顧客体験の実現を目指していきます。
海外スタートアップと協業する際に、大切にされているポイントやアドバイスをお聞かせください。
大きく分けてポイントは4つあります。一点目は、自社の強みをしっかりと発揮できるような協業を心がけることです。弊社の場合は、不動産の知見や資産を具体的にどのように活かせるかを常に考えるようにしています。二点目は、やりたいことや意思を明確にすることです。「自社のユーザーに対して、何のために何を提供したいのか」を考えた際に、互いに納得できない場合は、無理に取引や協業に進まないことも重要です。三点目のポイントは、具体的な実務を見据えたうえで、相手との「合意ポイント」を設定することです。事前に事業がスタートするまでのフローを考えておくことで、摺り合わせがしやすくなります。そして最後の四点目は、しっかりと信頼関係を構築することです。相手とのキャッチボールの頻度や深さを落とさないように心がけながら、気軽に話せるような関係作りを意識することが重要であると考えています。

保険とテクノロジーを組み合わせ、業界のフロントランナーを狙う

東京海上日動火災保険株式会社 デジタルイノベーション部長 兼
東京海上ホールディングス株式会社 デジタル戦略部 部長
楠谷勝氏

最後に、東京海上日動火災保険株式会社のデジタルイノベーション部長兼、東京海上ホールディングス株式会社のデジタル戦略部で部長を務める楠谷勝氏に、海外スタートアップとのオープンイノベーションの事例について伺います。
弊社は2016年に、世界のテクノロジー企業やスタートアップの動向をウォッチする「Tokyo Marine Innovation Lab」の拠点を米国シリコンバレーに設けました。2018年からは、保険技術やビジネスモデルの習得などを目的とした投資にも力を入れています。 現在は保険とテクノロジーをかけあわせることで「業界のフロントランナー」を目指しています。保険サービスの価値を更に高めるためには、VCや大学などと深い関係を築きながら、スタートアップと協業していくことが重要です。そのため、ヘルスケアやモビリティ分野、そして自然災害や自動車保険を手がけるスタートアップなど、様々な企業とアライアンスを締結しています。 こうして新しいビジネスモデルに挑む企業やプラットフォーマーと手を組むことで、グローバルな規模でのオープンイノベーションに取り組んでいます。
これから海外スタートアップとのイノベーションを目指す皆様に向けて、アドバイスをお願いいたします。
これまでの経験を振り返って、ポイントは5つあると思います。まず一点目は、自社のコア業務でしっかりと結果を残せるように相手を見極めることです。海外スタートアップとの提携は、言語や文化の壁など、国内スタートアップとの提携よりもはるかに大変な場面が多く発生します。そのため、オープンイノベーションに取り組むべき領域を絞り、しっかりと結果を残せるようにすることが重要です。 二点目は、日本のルールに捉われ過ぎないよう心がけることです。国や地域が変わると、通信環境や法令が大きく異なります。実証実験の段階から十分に調査を進め、環境の変化に柔軟に対応できるようにすることが重要です。そして三点目は、一見すると自社業界のディスラプター(破壊者)ともみえる企業であっても協業を行う柔軟な思考をもつことです。弊社の場合では、米国の保険スタートアップであるMetromile社と協業を進め、自社事業のAI化を進めています。 四点目は、協業先のカルチャーとの相性があまり良くなさそうであれば、無理をしないことです。カルチャーギャップを埋めるのは難しいので、お互いの相性を時間をかけて見極める必要があります。そして最後のポイントとしては、海外の同業他社をベンチマークすることです。フラットに情報交換できる関係を築けると、それぞれの事業にも相乗効果が期待できます。 海外進出やグローバルなオープンイノベーションを視野に入れると、自社の事業やサービスの今後の展開も大きく変わってきます。ぜひ積極的に情報を収集して、戦略的に事業に取り組んでみてください。

当イベントではグローバルオープンイノベーションを実現させるために必要なポイントを、海外の実例を交えてご紹介いたしました。引き続きX-HUB TOKYOでは様々なイベントを通じて、海外展開を目指すスタートアップにとって有益な情報のほか、オープンイノベーションの最新トレンドなどを発信していきます。