都内スタートアップの海外進出を支援するX-HUB TOKYOは7月1日、「2022年度 X-HUB TOKYO#1 海外展開セミナー アジアのハブ シンガポールに挑む 海外へのビジネス展開手法」を開催しました。

本セミナーでは、アジア・パシフィックのハブ拠点であるシンガポールにフォーカスし、同国のエコシステムの特徴や最新情報について共有しました。

前半では、シンガポール共和国大使館兼シンガポール企業庁のタン・ファビアン氏が、シンガポールのエコシステムの特徴や、オープンイノベーションをサポートする体制についてご紹介。また先輩スタートアップとして、シンガポールに拠点を有し、アジア市場への展開に挑戦されているSansan Global PTE. Ltd. 地域統括CEOの千住洋氏が、シンガポール展開のリアルを語りました。

後半では、リブライトパートナーズ株式会社 FOUNDING GENERAL PARTNERである蛯原健氏にご登壇いただき、シンガポールやアジア展開を目指すスタートアップが知るべき戦略を共有しました。


シンガポールのエコシステム紹介

シンガポール共和国大使館 商務部 参事官 兼
シンガポール企業庁 北東アジア・オセアニアグループ 地域代表
タン・ファビアン氏

はじめに、シンガポールのスタートアップエコシステムの形成や活性化をサポートする、同国の政府機関・Enterprise Singapore(シンガポール企業庁)のタン・ファビアン氏に、シンガポールのスタートアップエコシステムの魅力についてお伺いします。
シンガポールは近年、東南アジアの玄関口として、そしてイノベーションが生まれる地として、世界中から注目を集めています。コロナ禍の2021年に東南アジアで生まれたユニコーン企業25社のうち、10社はシンガポール発のスタートアップが占めていることからも、その勢いを感じていただけるはずです。
こうして数多くのスタートアップが活躍している背景には、充実したスタートアップエコシステムがあります。シンガポールのスタートアップエコシステムにはさまざまな魅力がありますが、今回は主な特徴として4点ほどご紹介させてください。
まず一点目は、国立大学や研究機関、そして企業のイノベーションラボなどが集積しており、研究開発の基盤が強靭であることが挙げられます。そして二点目は、アクセラレーターをはじめ、スタートアップをサポートするためのネットワークが強固であることが、国内外から多くの企業を呼び込む材料となっています。
ほかにも、R&D(研究開発)の促進を目的とした多国間パートナーシップなど、世界の主要なイノベーションハブへの幅広いネットワークを有していること、そしてVC(ベンチャーキャピタル)による積極的な投資があることも、シンガポールのエコシステムの特徴です。2021年には700件を超える投資(計約110億米ドル)が行われ、現在は特に医療や農業、そして食料に関わるテクノロジー分野への投資が活発となっています。
また、最近のトレンドとしては、新型コロナウイルス感染症対策や少子高齢化などの社会課題の解決に向けて、DX(デジタル・トランスフォーメーション)の推進や、ヘルスケア分野でのイノベーションの創出、そしてカーボンニュートラルをはじめとしたサステナビリティ分野でのテクノロジーの活用にも期待が高まっています。
ありがとうございます。そうしたスタートアップエコシステムのなかで、オープンイノベーションをサポートするための制度や仕組みなどについて、もう少し詳しく教えてください。
シンガポールではオープンイノベーションの促進に向けて、政府が非常に重要な役割を担っています。たとえば、政府自らが積極的にスタートアップと協業するほか、海外スタートアップをはじめとした海外のプレイヤーと、共通の問題意識を持つ地域プレイヤーを集めて共に課題を深堀りするなど、シンガポール国内で海外のスタートアップがオープンイノベーションを生み出すための仕組みやサポートを提供しています。
加えて、シンガポールと海外のスタートアップのネットワーク形成を目的としたシンガポール経済開発局との共同イニシアチブでは、これまでに約400社の海外スタートアップと、100社を超える海外企業に対して、シンガポール進出を支援してきました。
このようにシンガポールは、東南アジアのハブとして、皆さんがアジア展開を目指すうえで鍵となるさまざまなネットワークが整っています。日本のVCや、JETROシンガポールのような強力なネットワークを有するサポート機関もありますので、ぜひ一緒にシンガポールからアジア、そして世界を目指していきましょう。 

シンガポールからアジアを目指す、先輩スタートアップの成功の秘訣

Sansan Global Pte. Ltd. Regional CEO
千住 洋氏

次にシンガポールに拠点を有し、アジア市場への展開に挑戦されているSansan Global PTE. Ltd. 地域統括CEOの千住洋氏に、シンガポールでのビジネスについてお伺いします。
私たちは、法人向け名刺管理サービス「Sansan」(サンサン)と、クラウド上での請求書の管理サービス「Bill One」(ビルワン)を展開しながら、海外市場の開拓に取り組んでいます。「Sansan」は、社内にある全ての名刺を集約し、ビジネスプラットフォームとして活用できるサービスです。2022年4月時点で日本を含め61カ国、7000社の企業の皆さんにご利用いただいています。
こうした名刺交換や請求書のやりとりは、世界中で共通する業務であるため、私たちは会社の設立当初から海外展開を目指していました。そこで創業9年目にあたる2015年に、Sansan Globalをシンガポールに設立しました。
シンガポールに進出を決めたのは、東南アジア全体への事業展開を考えた際に、リージョナルハブ拠点として最適であったことや、人々のIT知識が高く購買力が旺盛であったことが大きな理由でした。そして何よりも、英語が共通語で、交通網が発達していて移動にストレスがなく、法制度がしっかりと整っていることなど、アジアでも突出した「ビジネス環境」を有する点は、大きな魅力だと感じています。
ありがとうございます。シンガポール進出時に大変だったことや、その壁をどのように乗り越えられたのかについて教えてください。
私たちは2015年にシンガポール拠点を設立しましたが、当初はなかなかビジネスが軌道に乗らず、焦りを感じる日も少なくありませんでした。ですが2018年に、市場のニーズにあわせてビジネスモデルを変更したことが大きなきっかけとなり、「きちんとビジネスをつくっている」という感覚をもって、サービスを展開できるようになりつつあります。
ビジネスモデルの変更にあたっては、お客さんに直接課題をヒアリングしたうえで、現地の営業組織を強化し、専門の開発部隊を設けるなど、より「現地のニーズ」に即した形で事業を展開できるよう、試行錯誤を続けました。特に日本で開発したサービスや製品を海外で展開するうえでは、こうした工夫に加えて、本社の力を借りながら、現地でしっかりとビジネスの舵取りを担う人物を配置すべきだと感じています。
またまだ失敗してばかりの毎日を過ごしている立場ではありますが、自分たちのサービスや事業のコンセプトを大事にするだけでなく、必要に応じて変えるべき部分は変える勇気はもつことは、海外進出をするうえで重要です。私たちも今後はシンガポールだけでなく、東南アジア全体へプラットフォームを拡大し、各国の商取引をデータの活用によってよりスムーズなものに変えていけるよう、柔軟に変化しながら、進んでいきたいと思います。

シンガポール進出を目指すスタートアップが知るべき事業戦略の描き方

リブライトパートナーズ株式会社 FOUNDING GENERAL PARTNER
蛯原 健氏

セミナー後半では、東南アジア全体やシンガポールの投資トレンドについて、リブライトパートナーズ株式会社の蛯原健氏に伺います。
シンガポールをはじめ、東南アジア全体では、スタートアップへの積極的な投資が続いています。特にフィンテックやリテール、アプリでの商取引や物流など、モノやカネが動き、かつそれらをサポートする分野への投資が伸びているのが、東南アジア全体の特徴と言えるでしょう。
そのなかでも、インドネシアとシンガポールの成長には目覚ましいものがあります。特にシンガポールは、人口規模や面積は決して大きくないものの、東南アジアのハブとしての機能が強いことが特徴です。シンガポールのユニコーンである「Sea」(シー)や「Grab」(グラブ)は、時価総額でシンガポール取引所(SGX)の上位15位入りする規模に急成長を遂げています。ほかにも、シンガポールで資金を調達し、東南アジア全体への進出を目指すスタートアップが多く集積しています。
ありがとうございます。それでは最後に、東南アジアやシンガポール進出を目指すスタートアップが知るべき事業戦略の描き方について教えてください。
まず東南アジアといっても、言語や人種、そして商習慣は大きく異なりますので、一括りで考えないことが大切です。また、零細企業が圧倒的な多数を占めている一方で、個人商店をはじめ、金融や保険、物流、教育、農業などさまざまな分野でDX化に進んでいますので、「リープフロッグ」(先端技術の活用により、先進国より一足飛びに発展する現象)が起こる可能性は十分にあると言えます。
こうした点をふまえたうえで、日本企業が東南アジアやシンガポールに進出する際は、成長市場の獲得はもとより、現地の優秀な人材、マネジメント人材を登用し、現地の技術やイノベーションを活用することが重要でしょう。特に技術に関しては、価格やテイスト面なども含めて、「餅は餅屋」という言葉のように、現地のものを活用することをおすすめします。また、海外は日本とは市場や環境が大きく異なりますので、現地チームが主導となり、時には現地の専門家と一緒に市場を攻略していくことも欠かせません。
これまで数々のスタートアップをサポートしてきた立場から率直に申し上げますと、海外進出というのは、成功事例ばかりではありません。ですができるだけ多くのバッターボックスに立ち、小さく成功できた際はそれを拡大し、再生産していくことで、成功への道のりが見えてくるはずです。

当セミナーではシンガポールのスタートアップエコシステムの特徴や魅力、そして海外ビジネスの成功の秘訣についてお伝えしました。引き続きX-HUB TOKYOではさまざまなセミナーを通じて、海外展開を目指すスタートアップにとって有益な情報のほか、オープンイノベーションの最新トレンドや各国のスタートアップエコシステムについて発信していきます。