都内スタートアップの海外進出を支援するX-HUB TOKYOは8月25日、2022年度X-HUB TOKYO#3 海外展開セミナー「テック都市深センの魅力〜現地のリアルと成功の秘訣〜」を開催しました。

本イベントでは、X-HUB TOKYOの概説説明をはじめ、中国を代表するハイテク企業を生み出してきた深セン市場の特徴や魅力、そして現地のスタートアップエコシステムの最新動向をご紹介し、海外展開を目指すスタートアップや海外スタートアップとの連携を検討している支援機関の方を対象に、有益な情報やノウハウを共有しました。
イベント前半では、ジャンシン(匠新)創業者CEO 兼 ジャンシンキャピタル(匠新資本)創業パートナーである田中年一氏が、深センのスタートアップエコシステムの概観や最新情報をご紹介。続いて、深センで活躍する日本人起業家で、JENESIS株式会社代表取締役社長 兼 CEOである藤岡 淳一氏が、先輩スタートアップとして深センでの事業展開のリアルを語りました。
最後に、スタートアップ向けのアクセラレータープログラムを提供するHAXで、パートナー兼プログラムディレクターを務めるJi Ke(ジィ クウ)氏にご登壇いただき、深セン進出を目指すスタートアップが知るべき戦略を共有しました。


深センのエコシステム紹介

ジャンシン(匠新) 創業者CEO、ジャンシンキャピタル(匠新資本)創業パートナー
田中 年一氏

はじめに、日中間のオープンイノベーションを推進すべく、アクセラレーションプログラムを展開されているジャンシン(匠新)創業者CEOで、ジャンシンキャピタル(匠新資本)創業パートナーの田中氏に、中国のスタートアップシーンの最新状況をお伺いします。
中国全体のスタートアップの動きとしましては、一時的な上がり下がりはあるものの、投資金額では2021年に過去最高を記録するなど、堅調な伸びを見せています。また、グローバル規模で活躍しているユニコーンの数を他国と比べると、中国は米国に続いて世界第2位を記録していることからも、その勢いを感じていただけるはずです。
もちろん、新型コロナウイルス感染症の拡大前後では、中国のスタートアップシーンにもさまざまな変化が見られました。たとえば、投資内訳を業界別に過去10年分比較してみますと、新型コロナが拡大する前の2019年までは、企業向けサービスがトップとなっていましたが、2020年には「医療健康」分野がはじめて企業向けサービスを抜きました。これは、新型コロナの拡大による医療関連用品や感染対策に対する需要の増加に加えて、少子高齢化など、中国国内の社会課題を解決するサービスの成長が背景にあると考えています。
中国における投資の関心領域は、年々変化しています。昨今では、カーボンニュートラルをはじめとする環境に関する意識や関心が高まってきていますし、少子高齢化に伴う医療や介護分野のニーズも高まっています。そのため、こうした分野に高い技術力をもつ日本の企業やスタートアップは、中国でのビジネスと相性が良いように感じています。
ありがとうございます。それでは、中国、そして深センのスタートアップエコシステムの特徴を教えてください。
中国では主に北京、上海、深セン、杭州の4大都市に、それぞれスタートアップエコシステムが形成されています。これら4都市を合わせますと、中国国内のスタートアップ投資件数のうち、7割以上を占めます。
私が皆さんにお伝えしたいのは、これらの4都市は、それぞれに異なる特徴があるということです。たとえば北京では、清華大学をはじめとした国内でも有数の大学を中心に、長くエコシステムが醸成されてきました。その一方で上海は、高所得者やシニア層が多く暮らしていることから、医療分野に強みをもつスタートアップが多く集まっています。
こうしたなかで深センには、ドローンなどのハードウエアや、半導体などの先端製造分野のスタートアップが多く集積しており、成長スピードが目覚ましいという特徴が挙げられます。また、行政が主導となって優秀な人材や外資企業を積極的に誘致しており、外資企業に対して奨励金を支給するほか、優秀な外国人や華僑向けに個人所得税の優遇や還付を行うなどの制度も設けています。
中国では現在、部品や製品製造の国産化という流れが生まれてきています。ですが、日本の技術やサービスのなかには、深センのものづくりエコシステムと相性が良いものもありますので、ぜひ積極的に情報を集め、共創に向けて動き出していただけたらと思います。

深センを目指す先輩起業家の成功の秘訣

JENESIS株式会社 代表取締役社長 兼 CEO
藤岡 淳一氏

続いて、深センでEMS(電子機器の受託製造サービス)業を手がけるJENESIS株式会社代表取締役 兼 CEOの藤岡氏に、起業ストーリーをお伺いいたします。
私は今から10年以上前、30歳を過ぎた頃に深センに単身で移住し、マンションの一室にて一人でJENESISを立ち上げました。それまでは大手企業や外資系商社、そしてスタートアップで仕事をしてきましたが、これからは自らが作り手の現場、つまりはサプライヤー側に身を置きたいという気持ちが強くなっていたのが、起業を決めた一つの理由です。また、今後大量消費・大量生産の時代が終わると、価格面だけでなく、製品の機能性やユニーク性が求められるようになると考えたため、品質管理や細部への工夫にこだわることで差別化を図りたいと思ったことも、現在の事業を立ち上げるきっかけになりました。
起業してからは、取引先に土下座で謝るなど、本当に大変な場面もありました。ですがありがたいことに、その後は事業も大きく成長し、これまでに手がけた製品は500を超え、累計出荷は300万台に登りました。
私たちJENESISの強みとしては、深センのサプライチェーンを活用し、低価格かつ短納期で商品を製造できる点にあります。ゴールに辿り着くまでのスピードと実装力、つまりは、スピード感をもってワンストップで製造から販売までを伴走できることが、我々の特徴です。
ありがとうございます。それでは、日本のスタートアップが深セン進出を目指す際に意識すべきポイントについて、お聞かせください。
日本の企業やスタートアップがグローバルに戦い、そして深セン進出を目指すうえでのマインドセットとしては、3つの重要なポイントがあります。まず一点目は常識を疑う姿勢です。日本は信用をベースにビジネスや経済が成り立つ場面が多いですが、中国や海外では状況が異なります。私の場合は、深センでは基本的に性悪説で対応するようにしています。
こうした違いによって苦労することは多々ありますが、その違いのなかにこそ、サービスのネタが隠れているとも考えられます。たとえば、中国でキャッシュレス決済がこれだけ普及したのは、もともと偽札が多く出回っていて、クレジットカードがあまり普及していなかった、という背景がありました。
二点目は、格差を重視し、労働人口の多様性を理解することです。ブルーカラーやホワイトカラーの区別だけでなく、様々な層の労働人口がいることでサービスが成り立っているという側面を、決して忘れてはいけません。
そして三点目は、自らの欲望の向け先をはっきりすることです。特に深センのような出稼ぎの街では、がむしゃらに勉強して働き、高級なマンションや車を購入したいという明確な欲をもつ若者が多く集まっています。そのため自身の欲望の向け先をはっきりさせておかなければ、周囲の熱量に埋もれてしまう可能性があります。
ほかにも、小ロットでのオーダーは避けられる傾向にあるため、とにかく数が大きくなければ製造自体ができないこと、また、深センは毎年約10%の割合で賃金が上がっていくことも留意が必要です。
深センは現在、かつての「製造の街」から「世界を代表するDX先進都市」へと変化を遂げています。日本は「IT後進国」だという自覚をしっかりともち、現地のスタートアップを巻き込んで相手の懐に入ることができれば、多くの学びを得られるはずです。ぜひ挑戦してみてください。

300企業以上のスタートアップ成功事例から学ぶ、深センで成功する秘訣

HAX パートナー 兼 プログラムディレクター
Ji Ke(ジィ クウ)氏

それでは最後に、HAXパートナー 兼 プログラムディレクターJi Ke(ジィ クウ)氏に、これから深センへの進出を目指すスタートアップや企業に向けてのアドバイスをお伺いします。
私たちは深セン、サンフランシスコ、東京、ニューアークで、ハードテックスタートアップを支援するアクセラレータープログラムを展開しています。ライフサイエンスやロボティクス、医療機器や建設、そしてITなどの複数分野で300社を超えるスタートアップに投資をしてきました。
毎年HAXが提供するプログラムに対して1500件の応募があり、そのうち約40社に投資をしています。その経験から、うまくいく点、うまくいかない点、成功する企業、失敗する企業それぞれの共通点についてある程度知見を有しているため、それらを踏まえたアドバイスをします。
起業するにあたり、物流の問題や創業者との関係性、サプライチェーンなどを含む、サービスを取り巻く環境にも多くの課題があることを認識し、規模拡大を図る際や顧客の期待値を管理する際には自分のペースを守る必要があります。深センはスピードを重視したエコシステムが構築されているため、スタートアップを拡大していくうえでは素晴らしいロケーションであると考えます。反復を重ね、スタートアップが成熟し、より多くの課題を解決すると、最終的に高い確率で成功を手にすることができます。

当イベントでは、日本のスタートアップ企業が深センへの進出を検討する際に有益な情報や体験談をお伝えしました。引き続きX-HUB TOKYOでは、様々なイベントを通じて、海外のオープンイノベーションの最新トレンドやエコシステムの特長などを発信していきます。